妻の誕生日

今日は妻の誕生日です。

振り返ってみると、いつの間にか人生の半分以上の時間を、夫婦として過ごしてきたとこに気づく。

いつまで経っても楽をさせてあげられない僕に、よくぞ付き合い続けていてくれるものだと感謝しています。

今日の帰りには、花でも買って帰って、少し驚かせたいと思います。

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読まずに楽しむ読書。その1

書籍の広告で面白いのを見つけた。

京大的アホがなぜ必要か カオスな世界の生存戦略 (集英社新書)

読んでいないので、本の内容についてどうこう言えるものではない。
…のだけれど、結構面白いタイトルだと思う。

まず、京大的アホと言われるものがいるのか、という点。
これが京大以外であった場合、必要かどうかなど考えられることもないし、実際、僕の母校の卒業生のアホどもは、自分を含めてアホと認知された状態で、世間に多く存在している。

次に、その京大的アホが必要とされる理由が重要らしい、という点。
上にも書いたが、僕の母校の卒業生のアホどもは、必要とされる理由などなくても、実際に世間に多く存在している。

そして最後に、京大的アホには生存戦略というものが必要らしい、という点。
何度もも書くが、僕の母校の卒業生のアホどもは、体系立てて検討された生存戦略などなくても、実際に世間に多く生存している。

以上のことから、どうやら京大的アホというのは、繁殖能力の弱い絶滅危惧種のような希少種のようだ。

実際に本を読んだわけではないので何とも言えないのだけれど、この本が、「繁殖能力の弱い京大的アホを絶滅から救え!」という趣旨の本であったとするならば、生存戦略なり種の保存を考えるべき対象は、スポンサーやタニマチとなる旦那衆の方なんじゃないか?などと思うのでありました。

本は、実際に読まなくても、広告やタイトルだけでこれだけ楽しめる娯楽です。(笑)

取り上げた本を、私は読んでいません。
ここに書かれている事は全て私の想像によるものです。
実際の本の内容と相違があっても責任は持てません。悪しからず。
京大的アホがなぜ必要か カオスな世界の生存戦略 (集英社新書)

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猫の幸福

情報源: 猫の幸福

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信用と信頼の違い

信用と信頼は何が違うか?という話になった。

谷 誠之さんは、時系列と、物理的/精神的の差異を軸に解説されている。
http://blogs.itmedia.co.jp/tani/2011/10/post-f5e5.html

でも、僕的には、時系列による説明の段は、過去の事実の認定という意味でちょっと違うと思うし、物理的/精神的の差異による説明の段は、原因(理由)と結果(行動)ということがごちゃまぜになっているようで、こちらもちょっと違和感がある。

んじゃ、お前はどう考えるんだよ?ということを書いてみたい。

谷 誠之さんのブログにもあるように、広辞苑には以下のように書かれている(らしい)。

  • 信用:信じて任用すること。
  • 信頼:信じて頼ること。

僕的には、これがすべてだと思うのだな。

信用という言葉では、『任用』と言う事例が示しているように、「信用する側」と「信用される側」の関係が「信用する側」が優位というか、両者の関係の主導権を「信用する側」が持っているニュアンスがある。

「信用される側」は、任用され、使用される立場ということだ。

対して信頼という言葉では、「「信頼する側」と「信頼される側」の関係は、「信頼する側」が「信頼される側」にリスペクトしているニュアンスがある。

「信頼する側」は「信頼される側」に『頼る』のだ。
やらせるのではなく、やってもらう的な・・・。
両者の関係は、少なくとも対等か「信頼される側」が優位という感じ。

結論。

  • 上から目線で信じるのが信用。
  • 信じてリスペクトするのが信頼。

あぁ、でもやっぱり広辞苑にはかなわないな。

  • 信用:信じて任用すること。
  • 信頼:信じて頼ること。

これに尽きる。

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読書感想文[コラプティオ(真山 仁)]

デジタルコンテンツ配信プラットフォーム:cakesのキャンペーンでいただいた真山仁氏の「コラプティオ」(サイン入り!)を読了したのでその感想文を。

東日本大震災の後に現れた強力なリーダーシップを持った首相、宮藤。
それを支えるスタッフの若者と、その行動を追う若いジャーナリスト。
そしてその二人をそれぞれ支える二人のベテランが織りなす物語である。

お気楽な冒険モノではないので、ハラハラ・ドキドキというのではないけれど、さまざまな人間の空恐ろしい思惑の闇の中を、計算やら駆け引きやらコネやら脅しやらのあらゆるものを駆使して進む登場人物たちのストーリーは、政治をテーマにした小説を今まであまり読んだことがない僕にも非常に面白く、最後まで一気に読みきってしまいました。(いや、ほんとにね、個人的に忙しいこの時期に、あかんあかんと思いながら読むのを止められませんでしたよ)

政治の世界、外交の世界を垣間見れる(ような気になれる)というのは、好奇心をくすぐられるしとても面白いのだけれど、んじゃ、登場人物に感情移入して入り込めるか?というとそういうものでもないですね。
これは登場人物が皆エリートだからなのかなぁ?
非エリート(且つ地方都市在住)の僕にとっては、「そんな世界があるのかぁ〜」と、指輪物語と同じレベルでファンタジーだったりするのも事実です。

他の方の書評などを見ていると、現実の政治や政権に当てはめて考察されている方もいらっしゃるようですが、僕的にはもっと普遍的なことがテーマなように感じました。

ジャーナリストにとって政権を揺さぶることが使命なのか?とか(まぁこの物語では首相の暴走を止める役割を果たすわけですが)、首相という役職は、人間としても企画者としても推進者としても実行者としても完璧でないとダメなものなのか?とか・・・いろいろ考えさせられます。

あと、大衆の政治への無関心もひとつのテーマのように感じました。
物語では盲目的に(?)首相を支持する国民の姿が描き出されますが、国民がなぜ首相を支持しているかというと、政策的なことではなく、人間的な要素や行動力と言った部分に依っていることが伺えます。

対立する意見があるから政治があるはずなのに、「意見の対立があること」を問題視する風潮があり、マスコミはその対立軸を明確に示すことをしない。
国民は、対立軸が示されないまま、賛成・反対の意志表示だけを求められているのが現実に思います。
マスコミによって対立軸が明確に示され、その対立軸が何を意味しているのかを国民が自分で考えられるようにならない限り、政治に対する無関心は続くんじゃないかなぁ?などと考えもさせられました。

政治はもちろん、外交や経済、NOPなど、非常に多岐にわたる(現実に近い?)場面の中で繰り広げられる人々の思惑や行動は、それぞれにリアリティがあって読み応えがあり楽しめます。
帯の「超弩級エンターテイメント」という言葉に嘘はありませんでした。

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あなたがうんこを踏んでしまったら

あなたがお気に入りの靴を履いている時に、運悪くうんこを踏んでしまったとします。

あなたは僕に「あぁ、もう最悪ぅ…。うんこ踏んじゃったよ。」と、話してくれます。
僕は心からその不運を気の毒に思い、「それはついてなかったね。」という言葉をかけるでしょう。

あなたは「どうしよう…。まだうんこが付いてる。」と困っています。
僕は、「どっかで洗っておいでよ。何だったら僕が洗ってあげようか?」と聞くでしょう。
そして僕は実際に、靴底についたうんこを洗い落とすでしょう。

もちろん日頃したいと思う作業ではありませんが、少々うんこが手に付いてしまおうが、冗談めかして「くっせ〜」とか言いながら、喜んであなたの靴を洗うでしょう。

それは、困っているあなたを助けたいから。
その靴があなたのお気に入りだと知っているから。
その靴が綺麗になると、あなたが喜んでくれると思うから。
僕はその靴を洗うでしょう。

あなたは僕にとってそれくらい大切な人なのです。

ただ、「めっちゃ臭いねん。ちょっと臭い嗅いでみぃ。」というのは勘弁してください。

そりゃ、「絶対嗅がない」ってこともないけど…。
大体の想像はつくし、そもそも僕が臭いを嗅いだところで何の解決にもならないでしょう?
臭い思いをする被害者を増やすだけのようなことは、やめときましょうよ。

あと、後日あなたと会った時に「あの靴、やっぱり気持ち悪くて捨ててしまった」と言われても、僕は怒ったり残念に思ったりなんかしないでしょう。
僕があの時、靴を洗ってあげたのは、あの時のあなたを少しでも喜ばせたかったから。
困っているあなたの役に立ちたかったから。
それはもうあの時の「ありがとう」の言葉で満たされているのです。

逆に、あなたがまた同じ靴を履いていても「げげっ!こいつ、まだこの靴履いてる!」とも思わないでしょう。
僕は「お気に入り靴だったんだな。良かった(^^)」と、嬉しくなることでしょう。

あなたは僕にとって、うんこ掃除などという作業を、嬉しい作業に変えてしまう不思議な力を持った人なのです。

あなたに降りかかった災難や困難は、踏みつけてしまったうんこみたいなもんです。
僕ができる限り綺麗に洗ってあげます。
だから、そんなに落ち込まないで、ね。

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なぜ戦うことを求めるの?

どうしてみんな戦うことを求めるのやろう?

中島みゆきも「ファイト!闘う君の歌を〜、闘わない奴らは笑うだろう。」と歌う。
戦うことが尊いことのように歌われているように感じるには、僕が極端に”闘う”事から逃げようとしてるからなんやろうか?

端午の節句に、鎧兜の人形を飾ることが理解できない。
武将って、兵士でしょ?刀を持ち、槍を持ち、敵兵を殺傷する兵士となることを、自分の息子に求めるのが僕にはわからない。

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願いが叶う魔法のゲーム

もしよかったら、3分間だけ集中してやってみてください
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☆まず、ペンと紙をご用意下さい。 

そして約束してください。
絶対に先を読まず、1行ずつ進む事を。

禁止先を読むと、願い事が叶わなくなります。
ご注意ください。

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1)まず、1番〜11番まで、縦に数字を書きます。

2)1番と2番の横に、
  好きな3〜7の数字をそれぞれ書きます。

3)3番と7番の横に知っている人の名前を書きます。
 *必ず、興味のある異性の名前を書くこと。
男性なら女性、女性なら男性、ゲイなら同性の名前を書く。

必ず、1行ずつ進んで下さい。
先を読むと、なにもかも無くなっちゃいます。

4)4、5、6番の横それぞれに、
  自分の知っている人の名前を書きます。
* これは、家族でも知り合いや、友人、誰でも結構です。

5)8、9、10、11番の横に、歌のタイトルを書きます。

6) 最後にお願い事をしてください。

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さて、<魔法のゲーム>の解説です。

 

 

1)このゲームの事を2番に書いた数字の人に伝えて下さい。
2)3番に書いた人は、貴方の最愛の人です。
3)7番に書いた人は、好きだけど叶わぬ恋の相手です。
4)4番に書いた人は、貴方がとても大切に思う人です。
5)5番に書いた人は、
  貴方の事をとても良く理解してくれる相手です。
6)6番に書いた人は貴方に幸運をもたらしてくれる人です。
7)8番に書いた歌は、3番に書いた人を表す歌です。
8)9番に書いた歌は、7番に書いた人を表す歌です。
9)10番に書いた歌は、貴方の心の中を表す歌です。
10)そして11番に書いた歌は、貴方の人生を表す歌です。
これを読んでから1時間以内に
ブログや日記に貼り付けてみましょう。
そうすれば、あなたの願い事は叶うでしょう...

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奥田民生さんと斉藤和義さんの対談

「奥田民生さんの気になる言葉」というのを去年のクリスマスに書いたのだけど、bridge(ブリッジ)1月号に奥田民生さんと斉藤和義さんの対談が掲載されている。

この記事の中に奥田民生さんの斉藤和義さんに対する嫉妬の真相は書かれていなかったのだけれど・・・。
しかし、この二人の似ている事と言ったらない。

発想のポイントがあまりにに過ぎていて、またそのポイントのいずれもがあまりにもその人らしい事に思わずにやりとさせられる。

あえて違いを挙げれば、斎藤和義さんが卑屈な部分をさらしている事に対して、奥田民生さんは卑屈さを認めた上で開き直ってしまってるところだろうか。

いずれにしても必読の対談である。
おもしろい。

 

 

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スマートフォンって何?

Panasonic がスマートフォンで海外市場に再参入だとか、富士通(富士通東芝モバイル)、NECカシオ、シャープの各社がスマートフォンの開発に注力するとか言ったニュースが年末に立て続けに出ていたけど、正直、印象がぱっとしない。
そして、これがうまくいって、 各社ウハウハ!にはおそらくきっとならない。

そう思う最大の理由は、作ろうとしているモノが何なのか?が全く見えないから。(あるいは、おおかたの想像ができてしまって、わかりきってるから)

それらの各社が言う”スマートフォン”って、一体どんなものなの?
大きな液晶画面の携帯電話がスマートフォン?
タッチモニタで操作する携帯電話がそう?

もし各社の考えているスマートフォンが、「iPhoneみたいな操作で使える携帯電話」だとしたら、それらは絶対にiPhoneを超えられないだろうし、iPhoneを超える販売台数も、AppleがiPhoneで稼いでいる利益も絶対に超えられないだろう。

おもしろいことに、スマートフォンの本家本元のように言われているAppleは、iPhoneに関してスマートフィンという言葉は使っていない。
Appleはスマートフォンを作っているのではなくて、iPhoneを作っているのだ。

Panasonicをはじめとする各社には、まだ誰も見た事がないような、新しい各社それぞれの解釈の端末を開発してもらいたい。
タッチパネルじゃなくても、Android搭載じゃなくても全然かまわない。
スマートに使える携帯電話を開発してもらいたいものだ。

そうでなければ、Appleはもちろんサムスンにも勝てっこないのだから。

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